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日常じゃあにい みたいな・・・

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カテゴリ:ただの独り言( 16 )

大勢は嫌い。

今ごろ,つまらないことを発見しました。
自分のことです。
わたしは人が大勢いるところが嫌い。
職場のみんなが集まって歓送迎会を開いたり,
スポーツ大会を開いたりしているところに
参加するのが嫌い。
だから,嫌いは嫌いのまま,無理しなくていいと。

いままで,付き合い悪いと思われるのがこわくって,
変に断ってみたり,疲れながら付き合ったり。
結果,どっちもいやな気分でした。

職場の結束を,こんなところで感じようとしなくたって
いいはずだし,日ごろニコニコしてつきあっては
いない人と,このときだけ笑いあわなくたっていい。

楽しめる人は楽しめばいいし,わたしはそうじゃない。
それだけの話です。
ただ個人的には誰とでも話す余裕はとっておきたいし,
反対に無理にへつらわなくてもいいし。

実際,個人的に話す人はたくさんいるわけだから,
もうそれで十分だと。

わたしの使えるエネルギーはそう多くないから,
選んで使いたいと思うようになりました。

みんなが(多くの人)が,「あの人大変な人だから」と
いっていた当人と話したら,ずいぶん筋が通っていて,
それを直裁(こんな字でしたっけ?)に話すから,
冷たく感じたり,わがままに感じたりする人がいた,
それだけのことでした。
ちょっと変わったところは確かにあっても,それは
誰でもあることだし。

大勢の側にいることの怖さ,居心地の悪さを
最近は特に感じます。

世の中生きにくくなるばかりだけれど,大事にしたい
ところはなにかだけは,見失いたくないな,
そう思っています。
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by DAURAND | 2009-05-19 21:37 | ただの独り言

人間の目ってすごい!

いつの間にかエゴノキの花が満開になってもう
散り始めてしまいました。
あっという間。

葉っぱの写真を撮ろうと決めてから,実はなかなか
いいものに出会っていません。
というより,写真写りのいいものに出会っていません。

自分の目で見ると,緑と黄色と茶色の混じり方が
微妙で素敵な葉っぱも,写真になると「きたない葉っぱ」。
風に揺られていい感じの葉っぱも写真に撮れば,
変に光でハレーションを起こしたただの静止状態の葉っぱ。

人間の目ってすごいですね。
美しいものがいっぱい見える。
醜いものかもしれないけれど,美しく感じられる。

今読んでいるのは『これが憲法だ』(朝日新書)
あの有名な長谷部恭男と杉田敦の対談です。
これを読んで,やっと長谷部さんの考え方がすっと
はいってきました。

図書館から借りてきて期待しているのが,
フィリップ・クローデル 『ブロデックの報告書』 みすず書房
この人が書いた『リンさんの小さな子』はとっても良かったので。

読みたい本がいっぱいです。

録画した忌野清史郎(漢字,違ってますね)のライブも
見たいし・・・

あぁ,時間が足りない!
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by DAURAND | 2009-05-14 20:43 | ただの独り言

いればいいんです。

4月から,職場に新人が入ってもう1ヶ月。
わたし自身,やっとそういう環境に慣れてきました。

今年は20代・30代の人がたくさん入ってきて,
テキパキと動いている様子がなんともフレッシュです。

ただそれが,まぶしすぎて・・・

もうもどれないという,悲しいような感覚でいっぱいに
なっていました。
わたしの場合は,「奪われた」なんておおげさに思ったり。

でもちっともそうではないのです。
いつでも今が一番いい時期,それが本当なんです。
あの頃のように,気負ったり競争したりしなくても
平気になってきたことは確かだし・・・

ある人が,「いればいい。いることが大事です。」と
いてくれました。

いればいい・・・

明日からまた新しい気持ちでスターとできたらいいな。
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by DAURAND | 2009-05-06 14:17 | ただの独り言

今度は工藤直子さん。

塔和子さんの詩を読んでいました。
だんだんきつくなってきたので,
こんどは工藤直子さんの詩を読みます。
『あ・い・た・く・て』

いまのところ,からだと気持ちがめいっぱいで,
なかなか更新できません。

もっと余裕が欲しいです。
「人並み」に仕事が出来ないことが,
こんなに苦痛なことだったとは,気づきませんでした。
できなくたっていいのに・・・
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by DAURAND | 2009-04-20 23:45 | ただの独り言

なみだ。

先週は,いっぱい涙を流した。
でも,流れていかない涙もあって,
からだのなかで小さな音をたてていた。

気づいたら,いつの間にか,この春の陽気の中で
たくさん残っていた涙もかわいていったみたい。

春の乾いた風に,
ある人のあることばに,
きっと小さいたくさんの素敵ななにかに,
すいとられて・・・

それでもまだ涙は消えてはいない。
でもそれは,
人間だからあたりまえのこと。

人の笑顔に出会って流す涙もあるだろう。
消しきれない生きるうえでの不条理に
流す涙もあるだろう。
引き受けなければならない涙。

それをきちんと引き受けられる強さを求める。



*コメントをくださっているみなさん,お返事
もう少しお待ちください。
コメントをしてくださることには,本当に感謝しています。
ありがとうございます。
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by DAURAND | 2009-04-16 21:04 | ただの独り言

美容院での出合い

昨日はうれしい出会いがありました。

髪を切りに美容院に行ったら,いつもの担当の人が忙しくて
他の人に切ってもらったのです。

その美容師は男の人。
流行のことばをつかえば,「草食系」の感じの人。
今日だけチェーン店の別のところから手伝いで来たのだそうです。

髪の毛を洗い流すところから,「あれ,いつもと違う」と思いました。
「首に力は入れなくていいんですよ。」と優しく言ってくれました。
洗髪が終わって椅子が起き上がってくるとき,軽く背中を支えて
くれました。

カット中,お花見の話しになって,
「大勢が集まるお花見はうるさくてあんまり行きたくないんです。
職場に行く途中,少しゆっくり歩いて,道に咲いているのを
見ます。」
とわたしは言いました。

少しおいて,彼が,
「それもありですよね。」となんとなくゆっくり応えてくれました。

「3・4月は美容院は忙しくてお花見どころじゃ
ないんじゃないですか?」
と聞いたら,
「ぼくはいつも夜桜です。」と。

と髪以外の話ばかりになってきましたが,
髪のことでもとってもじーんときてしまいました。

わたしの髪はたわしのようにかたくて,しかもとっても量が多く,
ほうっておくと,おかまをかぶったような頭になってしまいます。
そこで,いつもボリュームをおとすことが一番大事な作業。

彼は,だいたい仕上げてから,「気になるところはありますか」
と聞いてくれて,わたしはいくつか「ここが・・・」といいました。
そのこたえが「だいじょうぶ」だったのです。
微笑みながら「だいじょうぶ。まだまだできますよ。」
といってくれた時,とっても満たされた気分になりました。

最後に,わたしはあんまりうれしかったので
「今日一回だけでもお会いしてカットしてもらえてうれしかった
です。」といいました。
おばさんは,こんなことを言えてしまうのですね。

「光栄です。そんなこといわれないですから。」と,彼は
またさりげなくニコッとしました。

おばさんの与太話かもしれませんが,なんだかうれしいのです。
いままでで一番気に入った形にカットしてくれたし。

と,そんな状態で今朝起きて,本を少し読みました。
鎌田實さんと水谷修さんの往復書簡
 『だいじょうぶ』 (日本評論社) です。

ここに「だいじょうぶ」と応えることについての文章がありました。
あぁ,だいじょうぶということばはどんなところでも,
人を元気付けてくれるんだ・・・
とあらためて納得しました。

だいじょうぶ,このことばを出会った若者たちにかけて
あげられたらいいなぁと思う4月でした。
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by DAURAND | 2009-04-05 08:46 | ただの独り言

イライラがすっきり。

今日で3月もおしまい。
職場でも,新しい人員との仕事が始まります。

部署が変わって,荷物の移動をしなくてはならないのに,
諸般の事情からなかなか動けず,やっと今日の午後に動けました。
明日から,気持ちも新たにスタートです。

まだまだ仕事をバリバリするわけではないのですが,
というより仕事をセーブしながら過ごさないといけない
のですが,気持ちはそわそわ・・・です。

話し変わって。

100円ショップで買った小さな布の入れ物。
取っ手がすぐにほころんできてしまったので,余り布で
継ぎはぎしました。
それからずいぶん経つのですが,なんだか愛着がわくもの
なのですね。
品物が100円かどうかが問題ではないということで,
それがちょっとうれしい近頃です。

布の小銭入れも,ほつれたところに当て布をして補修
しました。
これもネコのお尻にアクセントをつけた感じにしあがって
なかなかいい感じ。
きれいに洗って使い続けています。

こういう使い方がいろいろなところでできるようになることが,
たぶんわたしにとってのひとつの幸せ。
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by DAURAND | 2009-03-31 21:17 | ただの独り言

さむらい,ということば。

よく,政治や経済・社会問題に限って書かれているブログが
あります。
これはこれで,大勢の読者がいるようですが,日常生活と
政治などの問題を,同じような位置で語る場合は,なぜか
あまりうけいれられないようです。

わたしも政治の話は好きではないけれど,考えてしまった
ことは,なぜか書いておきたくなってしまいます。
けっこう怒りっぽいわたしです。

「さむらいジャパン」このことばが,大嫌いです。
さむらいとはなんでしょう?
武士道といいたい?
強いというイメージ?
さむらいという言葉に,ひとつのイメージをくっつけるのは,
わたしにとっては不可解だし,危ないと思います。

世の中,日本の野球チームが優勝したことで,景気も
よくなり(わずかですが)550億円の経済効果が予測される
という話もあるようです。

そんな中,「さむらいジャパン」を応援しないのは,非国民のような
扱いをされそうな怖さを,なんだか感じてしまいます。

それぞれが個人的に応援するのはよいけれど,
報道機関もこぞって応援。
話題もそれでもちきり,などというのは報道の偏りといって
いいように思います。

職場のような公的な場所でも同じ。
休憩時間・休息時間・労働時間外に応援するのはいいけれど。

みんなで応援,という同質性が,わたしは嫌いです。

排他性,均質性というのはファシズムを連想させます。

あぁ,なんだかいやな気分です。
(個人的にいろいろあったりしたので,やつあたりだったりも
するかもしれません)
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by DAURAND | 2009-03-25 17:33 | ただの独り言

思ったままに・・・

晴れただけで,とてもうれしくなってしまうのは
単純すぎるでしょうか。
でも,今日はあたたかい日差しを浴びて幸せ気分です。

ペットボトルを切って作った鉢に,二十日大根たちの芽が
でて2週間あまり。
あったかい暖房の効いた部屋で芽を出したので,
あっというまにひょろひょろになってしまいました。
お日様が足りなくて,窓のほうを向いたまま,ひょろひょろ。

その二十日大根たちにも,今日は日差しをあげられました。
晴れた日には,外に出してあげられる気温が続きそうです。

高校退学者がふえているという話をまたよく聞くように
なりました。

80年代から,そんな話はあったのです。
でも,中退したあとの納まりどころが,当時はあったのか,
いじめ問題のほうが大々的にとりあげられていたからか,
今ほど深刻げではなかった気がします。

経済的な理由で高校に通い続けられない生徒達。
バイトをして学費を自分で稼いで疲れ果てている生徒。
母子家庭・父子家庭で高校に通う環境が整わない生徒達。
家族の中が経済的問題でギクシャクして,生徒が不安定になって
しまって,学校が続かなくなる場合。

公立学校は,本来こういうときに力を発揮して,
生徒達に平等な学習環境を作り出してあげるところだった
はずなのに・・・と思います。

大阪府の橋本知事が,生徒たちに向かって
「自己責任でやっていかなければならない時代なんだ」
といっていたのには,びっくりしました。
生徒にそういうことばを浴びせるとは。

今日のニュースでは「ハウジングプアー」ということばが
でてきました。
「ニュープアー」にしても「ネットカフェ難民」にしても,
ネーミングのすばやいこと。
名前をつければわかった・知った気になってしまうという
そういう気分を利用しようとでも思っているのか知らん?

こんな時だから,ものごとゆっくり考えたいものです。
戦前の,2・26事件のあたりのことから,もう一回勉強したく
なっています。
世界大恐慌といわれた時期の経済と社会の関係も。
少しづつ。
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by DAURAND | 2009-03-16 20:01 | ただの独り言

おやすみなさい

休みの日はほんとうに早く終わってしまいます。
明日も休みだったらなぁ・・・

でも,平日があるから休日がうれしいのであって,
規則正しい日常も悪くはないともいえなくもないのです。
(まどろっこしい言い方!)

それにもう2週間分の洗い終わった洗濯物,
たたまずに山になっているのが,視界にはいってきます。
まだまだやる気がたりませんねぇ・・・

今日は早く寝ちゃいます。
おやすみなさい。
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by DAURAND | 2009-03-15 21:12 | ただの独り言