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日常じゃあにい みたいな・・・

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カテゴリ:本を読んだり・・・( 7 )

野菜焼けたよ。

髪をさっぱり切ってきました。
思っていたよりばっさりやられ・・・
でも,気分よしです。

久々に野菜を焼いたりしもしました。
・芽がずいぶん大きくなってしまったジャガイモを
 チンしてからバジルといためる。
 (気になっていたジャガイモを捨てずにすんだ!)
・中途半端に残っていた長いもを,これまた
 チンしてごま油で焼いて表面をパリッとさせて
 できあがり。
・束で安くなっていたクレソンが黄色くなり始めたので,
 残り野菜とソーセージでいため,マスタードであえる。
・安く買ったカリフラワーをゆでる。

これは今日全部やったのではないのですが,週後半に
こんなことできたっていうのは,大満足です。

ところで,テレニン晃子さんという女性(故人)の書いた
『ゆりちかへ』という本を読みました。

もともとはNNNドキュメント09の番組で,ガンで亡くなった
晃子さんの生活を見たのが最初。
ロシア人の夫との間に赤ちゃんができたとわかった矢先,
自分がガンに侵されていたことを知った晃子さん。
赤ちゃんを諦めて自分の治療を優先させるか,いのちを
短くしてでも赤ちゃんを産むか,選択をせまられます。
結果,赤ちゃんを選び,余命半年と診断されました。

残された時間で何ができるか・・・
彼女は大きくなっていく娘を想像しながら,生きるアドバイスを
大学ノートに書き始めました。
それを本にして多くの人に読んでもらい,末永く全国の人に
娘の相談役をつくりたい,そう考えたのです。

痛みやもうろうとした感覚のなかで最後まで,
「生きんば」といって。

本のなかみは,どうであるにせよ,伝えたいという
気持ちとはこういうことかとズシンときました。

たまに読み返したい本です。
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by DAURAND | 2009-05-15 18:53 | 本を読んだり・・・

すべてきみに宛てた手紙

長田弘さんの『すべてきみに宛てた手紙』(晶文社)は,
最初からハッとすることばで始まります。

>はじまりというのは,何かをはじめること。そう考えるのが
>ほんとうは順序なのかもしれません。しかし,実際は
>ちがうと思うのです。はじまりというのは,何かをはじめる
>ということよりも,つねに何かをやめるということが,
>いつも何かのはじまりだと思えるからです。

何かをやめること・・・

諦めるということ,
捨てるということ,
忘れるということ,
いつの間にか忘れてしまうということ,
もうやらないと決心すること,

やめかたもたくさんあります。
長田さんは,「後悔することも忘れてしまった」と書いていますが,
なんてやさしいことばなのでしょう。
でも,それだけではなくて・・・

>物事のはじまりは,いつでも瓦礫のなかにあります。
>・・・やめなければならなかったこと,わすれてしまったことの,
>そのあとに,それでもそこに,なおのこるもののなかに。

手放すことが決してマイナスではないということが,
なんだか力をくれます。
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by DAURAND | 2009-04-25 08:50 | 本を読んだり・・・

納棺夫か・・・

いつの間にか4月も4日になってしまいました。
今週はずいぶんと忙しかったということ,ですか。
完全に職場では仕事モード,家ではまた別件で忙しく・・・

今日,やっとDVDでですが『おくりびと』みました。
(相棒は今日も仕事で,わたしよりずっと忙しいところ,
わたしだけ申し訳ない感はあるのですが)

神妙な気持ちで向かい合いましたが,思ったよりも
ユーモアや微笑があり,涙があり,いい感じでした。

納棺夫の仕事と生活が,日常の続きにあるということ。
死と生の循環。
死は悲しむためのものだけではなくて,「また会おうね」と
いう再出発でもあること・・・

死生観は地域・宗教によっては違ってきますが,
死をただ単に忌み嫌うということのない考え方や
感じ方ができればいいなぁと個人的には思っています。

納棺夫という夫に対する妻の,あるいは友人の反応が
最初はとてもショッキングなものでしたが,やがて
理解しあうというのも,ほっとした筋書きでした。

それにしても所作というのが,やはりきれいです。
これは日本の根本のなにかに関係あるのでしょうか・・・

さて今日はもうこの辺でおしまいにしましょう。
また今度,です。
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by DAURAND | 2009-04-04 21:28 | 本を読んだり・・・

晴れた日も本を読んで・・・

日差しがありがたかった一日。
明日はまた雨が降りそうです。
天気とからだや心の調子はかなり連動しているらしいと
きいたことがあります。
晴れた日が,やっぱり好きです。

『今日もていねいに』という『暮らしの手帖』の編集長が
書いた本があります。
つい,読んでしまいました。

わたしはどうも頭で否定しているものを実際は手にとりやすい
人のようです。
暮らしなんて,本を読まなくたって自分のオリジナルで十分,
そもそも暮らし,家計,掃除,片付けなどの身近なプライベートな
ところに口を出し,それを売り物にするなんて・・・
と,頭の上のほうでささやいています。

でも,じつはこういう本が大好きで・・・

『今日もていねいに』はなるほどと思ったところもけっこうありましたが,
最後になるにつれてだんだん嫌気がさしてきたことも否めません。

暮らしの具体的な提案に関する本のスタンスは,
「~したらきもちがよかったですよ。」とか
「~するといいかもしれませんね。」といった,
あくまで「押し付けない」が決まり,そう勝手に思っていました。

今回の本は,
「~しましょう。」
なのです。

ふっと戦時中の国防婦人会を思い出してしまいました。
(もちろん体験者ではありません。ききかじりです。)

そういえば『暮らしの手帖』のもともとの責任者の戦争責任について
書いた文章があったかもしれません。

暮らしというのはなかなかいろいろな問題を含んでいる
ところなのですね。きっと。

今日はなんだか理屈っぽいですね。
どうしたのかなぁ・・・
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by DAURAND | 2009-03-07 19:11 | 本を読んだり・・・

ジカに感じる。

2月も今日で終わり。
急に寒くなったので,気分では春が遠のいたような気分もしますが,
暦は着実に,春がやってくるのを教えてくれます。
今日は沈丁花の香りもしました。

ある人から板橋興宗というお坊さん(真言宗だったかしらん)の
話がおもしろいと聞いて,それからずっとチェックをいれていました。
禅の修業をまじめにやっているお坊さんです。

その人が新しく出した本で『ありがとさん』というのがあります。
いままでなかなか納得のいかなかったことが,ちょっと
わかりやすく書かれています。

いくつかなるほどと思ったところがあるのですが,ひとつだけ
ご紹介します。

>    この瞬間は二度と繰り返せない

> たとえば,私は特別な事情がない限り,エスカレーターには
>乗りません。一足一足,歩いて階段を上ります。
> そのとき足の筋肉が感じる直接の刺激の一歩一歩,
>その「出合い」こそが,いま生きている事実なのです。それを
>ジカに感じ取っているのです。
>これを仏の教用語では「因縁」ともいいます。

息をすることが大事だともいうこの板橋さんのわかりやすさ。
日常の繰り返しを,「出合い」を含みながら,淡々とすること。
板橋さんの本を読んでいたら,なんだかちょっと,
わたしにもできそうな気がしてきました。
何を?

さて,なんでしょう?
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by DAURAND | 2009-02-28 19:52 | 本を読んだり・・・

あたらしい『メメント・モリ』

文章を書くと,あんがい簡単なところで迷ってしまう。

たとえば「です・ます」調ではいかないところなど。
書きたい内容によって,どうしても「です・ます」にならない
ものがある。
もしかしたら,わたしの文章の限界かもしれないけれど。

藤原新也の『メメント・モリ』が新しくなって出版された。
『メメント・モリ』といえば,
「人間は犬に食われるほど自由だ」という文章とその写真だ。
死体を犬が噛み千切っている。
これには圧倒された。
「自由」か・・・と。

この本は写真が中心で言葉によるメッセージは
ほとんどついていなかった。
今回は写真につけた文章(コピー)が増えている。

個人的には前のほうが好きだ。
でも,いまどうしても伝えなければという気持ちを感じるから,
なんともいえない。

どうして,こんなに通じない世の中になってきたんだろう。
言葉もリアルでなくなってきた。
でも,今必要なのはたぶん言葉だ。

通じる言葉をさがしたい。

(追記)
イラクで人質にされた人達の中のひとり。
高遠さんが,どこかで講演した話の中にあったこと。

今,イラクでは死体がまだまだたくさん放置されていて,
犬がその死体をエサにしているという。

ガンジス川のほとりで犬に食べられる死体の自由。
イラクの場合は?
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by DAURAND | 2009-02-25 20:07 | 本を読んだり・・・

『じいさん・ばあさんの愛しかた』

テレビで三好春樹さんという人を知りました。
20代からずっと介護の仕事をしてきた人だそうで,
けっこう有名な方らしいのですが,わたしは
全然知りませんでした。

介護というと,「がんばる」ということばがついてきてしまう,
立派な仕事だけれどしんどそうなものと思ってしまいます。
でも三好さんはとっても元気で楽しそう・・・

三好さんのことをもっと知りたくなって,
『じいさん・ばあさんの愛しかた』(法研)を借りてきました。

「不幸な老人のために自分の人生を捧げたい」と思って
介護の仕事につく人はすぐだめになるとあります。

>自分の“まごころ”で相手を変えてやろういう,
>その“意図”そのものが,老人の反発を呼ぶのである。

>それはなんとも自由で,自分自身も“本来あるべき
>理想的な存在”になるために無理しなければならない,
>という強迫観念から解き放たれた晴れ晴れとした
>世界でもあった。

わたし自身のために引用したようなもので
これを読んでくださる方には??かもしれませんが,
「まごころ」のずうずうしさみたいなものを考え直す
とっても印象的な文があちこちに出てきます。

感情もぶつけあっていいんだ・・・
とあたりまえのことに感心しています。
でもそれは大変なことなのですが。

今日は,この本の続きを読もうと思います。
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by DAURAND | 2009-02-21 06:52 | 本を読んだり・・・